徳永 茂子さん

医療法人社団高邦会
みずま高邦会病院 リハビリテーション部

Shigeko Tokunaga

徳永 茂子さん(36)


1995年3月、福岡県立福島高校を卒業。
同年4月、専門学校柳川リハビリテーション学院入学、
1999年3月卒業。同年4月から高木病院などを経て、
みずま高邦会病院に勤務。福岡県出身。

対象者と目標を共にし達成する喜びが一番の醍醐味
茶道を通してリハビリ、対象者の得意分野を引き出すことは重要―作業療法士を目指した動機は何ですか?
徳永 中学時代から青年海外協力隊の活動に興味を持ち、海外でもその技能を活かせる職業に就きたいと思い、土壌づくりを学ぶために大学の農学部への進学とか、助産師とかを考えていました。高3の時、保健体育の教科書で作業療法士と理学療法士のことを知り、作業療法士は「作業を介して身体的、精神的な能力の回復を図る」という趣旨で説明されていました。そこで、作業という言葉に興味を持ちました。
 当時、ガンジーやマザー・テレサの生き方、考え方に感動、私にも何かできないかという気持ちも生まれていました。
―柳川リハビリテーション学院での勉強が大変だったり悩んだりしたことは?
徳永 専門学校なので高校新卒だけではなく20代から40代の方と一緒に学び、その方たちがすごく勉強に励み、授業も食い入るようにして受けておられました。その熱気にいつしか私も巻き込まれ、頑張ることができました。ただ、社会経験が乏しかった私は、知識と社会性が求められる実習では苦労しました。
―学院で魅力を感じたのはどんな点ですか?
徳永 リハビリテーション職の養成校として歴史があるので、カリキュラムにしても、先生方の知識、指導力、技術力も卓越したものがあると思いますし、情熱もお持ちです。中でも一番いいのはグループの柳川リハビリテーション病院などの臨床の場と教育の場が隣接していること。これは学院の強みだと思います。
―ところで青年海外協力隊には参加できましたか。
徳永 はい。当時勤務していた当院系列の高木病院に在籍したまま、2005年から2年間、メキシコで活動してきました。作業療法の普及、現地の作業療法士への技術支援、対象者家族へのホームプログラム(家庭でのリハビリテーションプログラム)の導入と支援、この3つが派遣目的の柱でした。私はまだまだ未熟者でしたが、できる範囲の支援・活動を行ってきました。
徳永 茂子さん―青年海外協力隊としての経験は仕事に役立っていますか。
徳永 大いに。人は、意味のある(重要な)作業に従事することで、役割をもちます。その役割によって生じた作業が、他者から認められることで、自尊心や自己実現を高めることができます。このような経験を通して、人生の質を高めることが作業療法の目的です。メキシコ生活は、役割なし、居場所なしからスタートしました。メキシコはアミーゴ(友好的な)社会です。メキシコ人は、私が寂しく、つらい思いをしないように、献身的にサポートをしてくれました。彼らは私を理解し、受け入れてくれました。最初は、受け入れてもらうことに感謝していました。しかし、このような受け身の生活では、自分の存在意義を感じられず、次第に自信がなくなってきました。その時、自分らしさを取り戻すために、自尊心や自己実現を高めるような作業療法を自分自身に実践することを思いつきました。その結果、他者から「ありがとう」と感謝され、頼りにされる経験をすることができました。そのうち強く感じるようになったことは、人は与えられるだけでは自分に自信が持てなくなる。自分の役割を果たし、それが認められることで、自分らしく生きられるということでした。この経験から、帰国後はその人の心、特に役割から生まれる尊厳についてより深く考えるようになりました。
―その具体的な現れが、作業を介してその人の役割を活かすことで、心の健康(尊厳)を取り戻してもらうということですね。
徳永 はい。それが作業療法だと思います。作業療法は対象者に対して行うだけでなく、自分の人生に対しても行うことができます。例えば自信を失った時、それを取り戻すためにはどういうプロセスが必要かを考える上で、すごく助けになります。
―与えてあげるといった気持ちでメキシコに行って、結局は貴重なものをたくさんプレゼントされましたね。
徳永 与えられましたね。日本にいると忘れてしまいますが、人は一人では生きていけないということを学びました。
対象者の笑顔が何より―作業療法士の醍醐味は何だとお考えですか。
徳永 対象者の方の自信に満ちた笑顔です。目標を共にし、それが達成できたときに、一緒に喜べることです。「やった」という達成感や、充実感ですね。
―作業療法士と対象者は互いに「相棒」ですね。
徳永 そうです。学生時代、先生が「対象者にとって医師は父親のような存在、看護師と介護福祉士は母親のような存在、リハビリテーションに携わる作業療法士はきょうだいのような存在なんだよ」とおっしゃいました。先生は、対象者の方と作業療法士は同じ目標を目指して対等に進んでいくようにと教えて下さいました。同じ土俵に立って、お互いに働き掛ける。本当に相棒ですね。
―さらにステップアップするために、どんな希望や計画を持っておられますか。
徳永 メキシコから帰国して1年後、大学院の修士課程で2年間学んで、今春から専任教員として母校・柳川リハビリテーション学院の教壇に立ちます。教育する立場から、これまで自分が行ってきた作業療法を振り返るつもりです。メキシコに行ってなかったら、大学院に行っていたかどうかわかりません。海外に行くという中学時代からの夢は諦めなかったので叶いました。この経験から、対象者の方への支援も同じで、「ここまで」と限界を設けない、諦めないことが大切だということを学びました。
―最後に、これから作業療法士を目指す人たちにメッセージがあれば、ぜひお聞かせください。
徳永 人は自分のことをいかに悩んだかで深みのようなものができ、その分、対象者の方のことも深く考えていくことができると思います。ですから、不器用でいろんなことに悩み、数々の壁に直面しながらも、その中で可能性を見つけ出し、解決する努力を惜しまない人は、対象者の方のことをしっかりと受け止めることができると思います。不器用でも真剣に生きている人こそ作業療法士になってほしいですね。
次へ
福岡国際医療福祉学院
専門学校 柳川リハビリテーション学院