中島 祐介さん

医療法人せいわ会
みなかぜ病院 リハビリ科 作業療法室

Yusuke Nakashima

中島 祐介さん(25)


2006年3月、私立筑紫台高校卒業。
同年4月、福岡国際医療福祉学院に入学、2010年3月、同学院卒業。
同年4月からみなかぜ病院勤務。

身体から心までのリハビリは自分が成長できる仕事です
対象者の新たな一歩のきっかけになるよう日々努めている―作業療法士を目指した動機は何ですか。
中島 高校時代は、甲子園を目指して野球をやっていました。そのためケガでリハビリをしたこともあり興味を持つようになりました。兄が理学法士だったこともあり、兄と同じ理学療法士の道にと思い福岡国際医療福祉学院への進学を決意しました。
―それなのに、なぜ作業療法士に?
中島 実は合格したのは第2志望の作業療法学科でした。最初は気落ちしましたが、踏ん張って勉強を続けるうちに、身体から心までのリハビリを受け持つ作業療法士の仕事の幅の広さを知り、自分を成長させてくれる仕事だなと思いました。専門学校の場合、仲間に年長者も多く、改めて仲間の熱意と努力に大きな影響を受けました。
―初めての科目ばかりを学ぶ学院の勉強はどうでしたか。
中島 解剖学や生理学などの専門科目は全員、同じスタートラインからの出発です。頑張り次第だと思っていました。負けず嫌いなところがあるので成績が落ちていたりすると、部活をしてないので言い訳もできないわけで、勉強しましたね。担任の先生に態度や礼儀を厳しく指導していただいたのは、実習先でも役に立ち、本当にありがたかったですね。
―精神障がい者のリハビリを目指した理由は?
中島 最後の実習先がこの病院でした。上司や先輩の考え方、取り組み方が、それまでの実習先の中で一番深くて、面白く、しかも答えがなくて、精神科の作業療法士としてだけではなく、個人的にも考えさせられるところが多そうだなと思えたのです。この病院では実習中から学生の私の色々な話を聞き、討論にも参加させてくれて、信頼もできました。そんな上司や先輩に触れて、精神科はやりがいがあるなと感じ、私が成長できる場所だなと思ったからです。
中島 祐介さん―実際に入職されてみて、どうでしたか。
中島 上司と先輩の、対象者がなぜそういう行動を取るのかといった分析と理解がとても深いことを改めて感じています。対象者への対応(サポート)の仕方についても深く考え抜かれていて、いつも教えられています。今は実際に携わってみて、それが面白いところですね。
―どのようなサポートを心がけていますか。
中島 退院する、しないにかかわらず、まずは対象者が自分のことはなるべく自分でできるようにすることを目標に、日々取り組んでいます。それができるようになれば、医師や周りの人の信用も得られ、外出等もできるようになると思われるので、興味の範囲を広げてあげたいと思っています。
―これまで関わった中で、状態が改善された方はいますか。
中島 はい。中学1年ごろから約20年間入院されていた方で、私が入職した当時は、周りの方との交流もあまりありませんでした。その方に介入したところ、1年で私と一緒に集団に入って行って、初めて他の患者さんとやりとりをされました。その後楽しくなってきて、「色々なことがしたい」と病棟外に出たり、ウォーキングや散歩に行ったりするようになり、医師の信頼も得ました。入院も「任意入院」になって、単独外出、薬の管理なども自分でしたいと希望が出るようになり、ついにこの2月、私が介入して3年目で退院されました。
 もちろん私だけの力ではありません。医師、看護師、ソーシャルワーカー、家族で環境を整えたりした上での退院でしたが、うれしかったですね。この時、作業療法士の仕事はいいなと思いましたし、その対象者の状態が改善され、退院する何かのきっかけになれたのではないかと自信にもなりましたね。
―同時に、その対象者に対する中島さんのサポートに間違いはなかったということですね。
中島 先輩が「よくやった」と声をかけてくれて。本当に自信になりました。
―これからもずっと精神障がいの方たちのリハビリに携わっていくわけですね。
中島 そうですね、関わっていきたいです。他の分野に変えることは全く考えていません。リハビリ技術を成長させるのではなく、リハビリを通して、対象者の自立を手助けすることになりますが、私自身も成長できる機会をいただいている感じがしています。
興味の範囲を広げてあげたい―さらに自分を高めるために何をしたいと思っていますか。
中島 外部の研究会や、知識を得られるところとつながりを持つのも大事ですね。プライベートでは、ソフトボールと野球をやっていますが、様々な世代や医療関係者以外の人たちとふれあい、コミュニケーションを取っていくのも大事で、また楽しいですね。
―この道に進んで、悔いはないですか。
中島 全くないですね。
―では最後に、作業療法士を目指す若い人たちにメッセージを。
中島 私は何度もくじけそうになりましたが、そのたびに負けたくないと踏ん張ってきました。だから作業療法士になるまではとにかく頑張ってほしい。資格を取ってからは楽しいことがありますし、自分自身も成長できますから。
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